退職金改革マニュアル
 

退職金は一時期に多額の資金を必要とするため、負担の平準化のために外部積立等を活用し計画的に積立を行っています。しかし、長引く低金利の影響で、多くの企業で退職金原資の積立不足が潜在的に発生しています。2007年問題ともいわれる定年退職者の大量発生はその積立不足を顕在化させる可能性もあります。
 さらに、退職金の外部積立の手段として、生命保険会社や信託銀行に委託して実施してきた適格年金が平成24年3月に廃止されることが決定され、それまでに、中退共、規約型企業年金または確定拠出年金に移行するか、廃止するかを迫られています。
 企業は有効な積立手段の検討のみならず、費用対効果を勘案した退職金制度の改革も検討せざるを得なくなっています。
 そこで各企業とも検討を迫られている退職金改革についてその実務のポイントをまとめてみました。



1.適格年金の特徴

 貴社が加入している適格年金には次のような特徴があります。

@ 契約条件

 まず契約条件ですが、契約成立時には15名以上の加入者が必要でありました。これは生命保険会社の場合でありまして、信託銀行は100名以上となっておりました。
 しかし、適格年金は平成14年4月より新規の契約はできなくなっております。


A 加入者
 次に加入者は、従業員に限られています。よって、役員の皆さまは加入できません。
 対して、今回できました、確定拠出年金や規約型企業年金は厚生年金の加入者を条件としていますので役員の皆さまも加入することができるようになります。


B 給付
 次に適格年金からの給付ですが、幹事会社である生命保険会社や信託銀行から、直接、従業員に支給されます。会社に支給されることはありません。


C 税金
 一時金で受け取った場合の税金は、退職所得となり、退職所得控除が受けられますので、ほとんどの方は非課税で受け取ることが可能となります。
 年金で受け取った場合は、雑所得となります。この場合、公的年金と同じように公的年金控除の対象になります。
 解約の場合は、一時所得となり、一時所得控除(年間50万円)を超える金額の1/2が課税所得となります。税金が発生することはもちろん、たとえば、翌年の保育園の料金が上がってしまったなどの問題を発生させる可能性もでてまいります。


D 剰余金
 次に剰余金ですが、これは制度を設計する際の設定金利(これを予定利率といいまして、多くは5.5%となっていますが)、それを超える利回りで運用ができ、必要金額(これを責任準備金といいますが)、これを超えた金額を剰余金といいます。この場合は会社に返還されます。実際は、運用利回りの低下のため、長いこと剰余金は発生しておりません。


E 退職年金規程
 実はこれが適格年金の大きな特徴です。
 つまり、適格年金には必ず退職年金規程が存在しており、それが労働基準監督署に届けられているということです。
 退職年金規程は就業規則の一部であり、退職年金規程で定められている給付金は、「労働基準法上の賃金」として保護されることになります。「そんな大げさな」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、昭和22年9月13日の通達に、「労働協約、就業規則、労働契約等によって予め支給条件が明確である場合の退職手当は労働基準法第11条の賃金である」旨がしっかり書かれています。
 ここが、会社契約で加入している、「積立型の生命保険」と大きく違っているところであります。くれぐれも「適格年金の見直し」を「一般の生命保険の見直し」と同様に考えないでください。


F 減額が困難
 次に適格年金は減額が困難ということです。多くの適格年金は運用利回り低下のため多額の積立不足を抱えております。現行の規程通りに支給するためには、多額の掛け金が必要となります。
 多額の負担にはとても耐えられないため、この際、適格年金の給付水準を減額したいところなのですが、適格年金の行政機関である国税庁が不利益変更にあたるとして減額はなかなか認めてくれないのが現状であります。
 しかし、解約は可能となっています。参考までにお話ししますと、今回できました規約型企業年金や確定拠出年金は従業員との合意がなければ解約することはできません。


G 掛金
 最後に掛け金の特徴ですが、掛け金は予定利率により大きく変動するということです。
予定金利は現在、5.5%〜1.2%の範囲で設定できますので、積立不足をできるだけ発生させたくなければ、予定利率を1.2%まで下げればよいのですが、そうすれば掛け金が大幅に上がることになります。
 ここでまた、補足ですが、今回できた規約型企業年金は2%程度を予定利率に設定する生命保険会社が多いようですので、そのまま移行しますと、掛金はずいぶん上がることになりそうです。



2.適格年金廃止に対する選択肢とその特徴と影響

 以上が、おおまかな適格年金の特徴ですが、次に適格年金廃止に対する選択肢とその特徴と影響について、次のように分けてお話ししたいと思います。
   @適格年金をそのまま継続する場合
   A適格年金を解約する場合
   B適格年金を中退共に移行する場合
   C適格年金を規約型企業年金に移行する場合
   D適格年金を確定拠出年金に移行する場合    

@ 適格年金をそのまま継続する場合
 予定利率が5.5%で実際の利回りは0〜1%と利率に大きなかい離があること、
 勤続年数が伸びて、退職金額がどんどん大きくなっていくこと、
を考えますと、積立不足は今後、二次関数的に急拡大していくことになります。
 また、適格年金が「労働基準法上の賃金である」以上、その不足金は会社が補填する義務を負っていることを忘れてはいけません。

A 適格年金を解約する場合

 従業員に解約金が支給され、それが一時所得となり、税金の問題や先ほどお話ししたような問題が発生してきます。
 また、解約により退職金の積立手段は消滅しますが、退職金を支払う約束(つまり、退職年金規程)は依然として残っています。よって、別の積立手段を検討しなければならなくなります。



B 適格年金を中退共に移行する場合

 移行できる金額は、以前は最大10年間の上限がありましたが、現在は全額の移行が可能となっております。
 中退共は退職時に一時金を受給できますので、中途退職のときにも問題なく対応できます。確定拠出型年金や規約型企業年金は支給要件が、退職ではなく、年金開始年齢であるため、中途退職者に対して退職金を支給できないこともあります。
 いずれにしても、中退共に既に加入している事業所や、中退共で定める「中小企業」に該当しない事業所はこの方法を活用できませんのでご注意ください。

C 適格年金を規約型企業年金に移行する場合

 まず、規約型企業年金の規程を、労使合意で作成することになります。支給水準をはじめ、現行の退職金規程などとの整合性を労使で検討し、合意することが必要となります。
 規約型企業年金は従業員の受給権保護の強化を目的としていますので、積立不足が発生した場合は、即、補填することを求められます。また、この制度を廃止する場合は、従業員との合意が必要となり、適格年金と違い、解約が困難となります。
 適格年金の予定利率は5.5%で設定されているものが多いですが、規約型企業年金の予定利率は概ね2%程度で設定することになり、掛け金が大幅に増加することになります。受託会社は、財政検証など新しい義務を負うことになり、その分、契約の維持コストが適格年金より高くなります。
D 適格年金を確定拠出年金に移行する場合
 まず、規約型企業年金と同様に、規程を、労使合意で作成することになります。掛金水準をはじめ、現行の退職金規程などとの整合性を労使で検討し、合意することが必要となります。
 移行できる金額は今後の確定拠出年金の掛金と適格年金の加入期間に基づき決定されます。確定拠出年金の掛け金の上限は、厚生年金基金等の企業年金がある場合は、月額1万8千円で、企業年金がない場合は、月額3万6千円となっています。いずれにしても、中退共と同様、従業員の受給権保護の強化を目的としていますので、この制度を廃止する場合は、従業員との合意が必要となり、適格年金と違い、解約が困難となります。
 さらに、確定拠出型年金は原則年金開始年齢まで受給できませんので、中途退職の際の一時金制度には対応できません。
 一方、企業は掛金を拠出すればよく、受給金額は運用成績次第であり、そのリスクは従業員が負うことになります。それだけに従業員に対する投資教育が重要になります。また、従業員ごとの個別管理が必要となり、管理コストも別途必要となります。


3.退職金の問題点


以上、適格年金廃止に対する選択肢とその特徴と影響について解説してまいりましたが、この問題の重要なポイントは「適格年金をどこに移行するか、または廃止するか」ではなく、長引く低金利の中、現行の退職金制度を今後も安定的に維持できるか、また、費用対効果はあるかというところにあります。
 それではまず、退職金の問題点から確認していきましょう。
まず、退職金規程は就業規則の一部であり、その退職金規程の存在が、退職金を「労働基準法上の賃金」として法的に保護させる原因となっています。

 また、退職金規程が作成された時期が問題となっています。つまり、その当時は、概ね、業績も良く、税金を払うより従業員の処遇をよくしようと思い、また、
高金利の時期で高利回りの運用が期待できたため、安易に比較的高い水準の金額を設定してしまったケースが多く見られます。

 さらに、退職金制度のほとんどが
基本給連動型が中心となっており、バブル時期に大幅に上昇した基本給が、そのまま退職金を大幅に上昇させる要因となっています。それも、基本給の上昇と勤続年数という二次関数的な急激な上昇となって現われています。

 最後に、このような現状では、会社の体力を遙かに超えた退職金水準になっているのにも拘わらず、簡単に規程の変更はできないという事実です。つまり、
退職金規程の変更は労働条件の変更となり、一方的な不利益変更に当たる行為は法的に許されないということです。

 よって、退職金の改革に当たっては、それが「一方的な労働条件の不利益変更に該当するか否か」という点が重要なポイントとなります。
 その判断は判例に頼らざるを得ませんが、
 まずは、個々の従業員の同意があれば変更可能であり、
 また、その変更が合理的なものであれば、変更可能とされています。合理的なものとされるには、
  @必要性の程度
  A労働者との交渉過程
  B代替措置の有無
  C猶予期間の有無 
  などの要件が備わっていることが重要とされています。


4.退職金改革の手順


それでは、退職金改革の具体的な手順についてお話いたします。
退職金改革は通常次のようなステップを踏んで進められます。

 第1ステップの「現行退職金制度の分析」から始まり、
 第2ステップ「適格年金・その他の積立手段の現状確認」
 第3ステップ「新たな制度の検討」
 第4ステップ「新たな規程の作成」
 第5ステップ「社内説明・労使合意の形成」
 そして「新制度の円滑なスタートと新規程の届出」で完了します。

 それでは、各ステップの詳細をお話しいたします。
 まずは、
「現行退職金制度の分析」ですが、このステップでやるべきことは、なによりも「実際の退職金コストの把握」です。ここでいう、退職金コストとは適格年金の責任準備金のことでありません。責任準備金は5.5%という高い予定利率で割り引いた数字であり、運用利回り実質ゼロ%の現状では、実際の退職金コストとはかけ離れた数字となっています。よって、独自の条件設定に基づき、自社で計算することが重要なのです。計算の具体例としては、現在在籍する従業員で40歳以上の者は全員定年で退職すると仮定し、40歳未満の者は20年以内に自己都合退職すると仮定して、各人ごとに退職金額を計算するというものです。この計算結果の合計額が当面の20年間に発生する退職金コストであるとするわけです。

この退職金コストが次のステップである
「適格年金・その他の積立手段の現状」と、自社の体力と照らして、どの程度堪えられるものかを確認します。

 ここで堪えられないと判断されれば、次のステップである、今後安定的に運用できる
「新たな制度を検討」することになります。

さらに、具体的なルールを構築
(「新たな規程の作成」)したうえで、「新制度の社内説明と労使合意」のステップへと進みます。
 このステップが最も重要であり、極力全員の合意を取り付けられるように、従業員の既得権に配慮し、十分な説明・説得を行ないます。くれぐれも従業員を一律に対応することなく、各人の事情を配慮した対応が肝要です。必要に応じて前ステップに戻り「代替措置」や「猶予期間」などを再検討します。
 繰り返しますが、極力全員の合意の取付けに向けて努力することが肝要です。どの程度の合意で新制度をスタートさせるかは経営者の皆さまの判断であり、まさにリスクテイキングとなります。
最後に、
「新制度の円滑なスタートと新規程の届出」(労働基準監督署への新退職金規程の届出と従前の退職金規程・退職年金規程の廃止の届出)で完了となります。


5.これからの中小企業の退職金の条件


 中小企業には出会いと別れの局面があります。スムーズな別れの局面を考えると、退職金は存続すべきでしょう。わだかまりなく退職してもらうためには、退職金の支給は効果があります。また、引継ぎ無しで退職するなどの抑制にもなります。
 但し、企業を取り巻く厳しい環境を勘案しますと、退職金改革には次のような条件があるものと思います。

  
@企業の体力に合った水準であること。
   金利が低い時代の退職金は、掛け金負担能力に見合った高くない金額を設定することが重要です。

  
A過去の功労の大きさに応じてメリハリがつけられること。
   貢献度の高い社員は出来るだけ長く会社にいてほしいものです。貢献度の高い社員も部長と一般
   社員の退職金が同じ金額では納得しないでしょう。

  
B仕組みが単純で労使双方ともに分かり易く、中小企業の経営者が自らメンテナンス
   出来ること。
   退職金は一時期に多額の資金を必要とします。計画的に積立をするためにも仕組みが分かり易い
   ことが重要です。


6.役職加算付勤務年数式退職金制度
 

 
毎年の要積立額が明確になり、将来の積立不足のリスクを減少させます。
 退職金はいわゆる簡便型のポイント制退職金ですが、賃金・賞与以外にも支給されているものがあるという認識を持ってもらうため、あえて金額で示します。

<制度概要>

 @勤務年数により決めることとし、たとえば、その金額は1年につき10万円(11年目から20万円)とし
  ます。但し、勤続30年(500万円)を上限とします。

 A役職者だった期間に対して、@の退職金のほかに、たとえば、次のように役職者加算金を支給します。
  課長級の職務 =1年につき 10万円
  部長級の職務 =1年につき 20万円


7.変更に際しての既得権の保護


 
変更に際しては、変更日現在の既得権金額((現行規程に基づく変更日までの勤続分)を保護することが必要です。
 よって、変更日に在籍する従業員の退職金は、変更日現在の会社または自己都合退職金額に、残余期間について新しい退職金制度により算出した金額を加算して支給します。

 また、後日のトラブルを防止するために、
新退職金変更にする旨と変更日現在の既得権金額を確認した「同意書」を各人ごとに取り付けます。


<同意書の事例>